笑う三日月
- 遊笑 鉄線
- 2019年8月25日
- 読了時間: 3分
統一郎の隣でずっと笑っていられる人は自分ではないことくらい知っているけど、それでも彼の目指す場所への道を共有できることが唯一のアドバンテージであると幼い頃の島崎さんは思っていた。
しかし、統一郎の歪みが更に加速してしまう原因となったあの日以来、彼が思い描いていた"理想の世界"から少しずつ遠ざかるようになっていったのを側で感じていた島崎さんは、自分自身が考えていた優位性なんて"ただのちっぽけな思い込み"だと思い知る。
峯岸くんは島崎さんと同じ時期に組織に入った同い年の人という設定があるので、島崎さんが桜威さんと出会う前は峯岸くんが何時も相談に乗ってあげていた。
いや、相談に乗るというよりかは、本を読んでいる峯岸くんの横に勝手に座って、勝手に一人で喋っているだけという感じ。それでも島崎さんは喋れば満足するし、峯岸くんは別に邪険にすることもなかった。
峯岸くんが木陰で本を読んでいると、急に現れた島崎さんが無言で隣に座ってくる。そこまでは何時もと一緒なんだけど、今日は島崎さんの声のトーンがあまりにも低かった。峯岸くんは気が付かないフリをしていたけど、動揺のあまり本をめくるページが止まっている。
普段は相談の時でさえ軽快に喋っているのに、この日は少し言い淀んでいるような話し方をしていた。言葉を慎重に選んでいるのか、と峯岸くんは考えて横目で島崎さんを見るけれど、相手は俯いていてよく顔が見えない。
閉まりきっていない蛇口から漏れる水のように小出しにされる言葉は何処か曖昧な表現ばかりで、何を言いたいのかわからないものばかりだった。あまりにも難解な内容に峯岸くんは思わず「で、つまり何が言いたいの?」と聞き返す。
無言になってしまった島崎さんを見て、内心「しまった」と焦った峯岸くんは気まずさからフォローしようと口を開いた。その刹那、島崎さんは顔を上げて「もし私が死んだら、ボスは悲しむフリくらいはしてくれると思いますか?」と言った。
峯岸くんは島崎さんの言葉の意味がわからなくて頭の中でぐるぐる考えて、でもいくら考えてもかける言葉が見つからなくて閉口してしまう。暫くの間無言の時間が過ぎたが、島崎さんは徐に立ち上がると「ありがとう」と一言残して帰っていった。
これが島崎さんが峯岸くんにした最後の相談で、それ以降は特に悩んでいる様子すらも見せることはなかった。この日から峯岸くんは『あの時何か上手い言葉を返していたらまた違っていたのかもしれない』と時々思っているんだけど、未だに何を言えば良かったのか分からずにいる。
因みに島崎さんの相談していた内容は『統一郎のことが好きだけど一番には絶対になれないから、せめて代用品でも良いと思っていた。でも実際はそれにすらなれない。彼にとっての自分の価値ってなんだろう?』っていうのを遠回しにしている。
峯岸くんに何かを言って欲しかったわけではないけど、彼が困っている様子が伝わってくるのと同時に"今の自分、凄く面倒だし惨めだなぁ"と何となく思って相談をやめただけだから、別に言わなかったことが悪いわけではない。
峯岸くんは島崎さんに恋愛感情は抱いていないものの、同い年の同期という事もあって友人のような感覚ではいる。でも峯岸くんは基本的に人に対しての感情が薄いので、友人と他人の違いは"気にかけるか、かけないか"の違いでしかない。
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