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恋する熱帯魚

  • 遊笑 鉄線
  • 2023年5月29日
  • 読了時間: 3分

釣りの帰りに早朝の誰もいない海辺を歩いていると、奇妙な人型の魚、言うなれば人魚にも見えなくない生き物が砂浜に打ち上げられている。それを見た仙道くんは、興味本位から拾い上げて家へと持って帰った。

初日は風呂に入れていたが、翌日には自室のベッドを捨て、バスタブを置いた。そのバスタブに人魚を入れて、いつも眺めている。仙道くんはソファで寝るようになった。


人魚はボールがお気に入りで、バスタブに浮かべるとずっと遊んでいる。バスタブから落ちると急に興味を無くすが、戻すとまた遊び出す。落ちたという事象が理解できていないので、消えたと思っているようだ。だが消えたところでそれ以上のことは何もない。

言葉どころか音を発することすらなく、こちらの言葉はどれほど短くても伝わることはないので、意思疎通は出来ない。音には過敏に反応する。表情もない。また瞼がないので、寝ている時は一見惚けているか、死んでいるようにも見える。指を目の前で動かすと追うので、目は見えているようだ。鰓らしきものはあるが、地上に顔が出ている今は肺呼吸をしているのか胸が小さく動いている。


バスタブの水を交換する際、人魚を風呂場に抱き抱えて移し、底でキラキラと星のように輝いている鱗を丁寧に拾って瓶に収集している。仙道くんの大切な宝物の1つ。鱗を落とすたび、少しずつ人魚は小さくなっていく。鱗は真珠のように、幻想的な輝きを放つ複雑な色をしていた。


“異形”としか言いようのない生物を、仙道くんは何故かとても愛し、大切にしていた。何がそんなに魅了するのかは仙道くん自身も分からなかったが、毎日観察し、話しかけることが、彼の最高の楽しみとなっていた。


そんな日々が続いたある日、掃除を終えバスタブに人魚を戻す時にふと、体長が随分と小さくなっていることに気が付いた。恐らく、おおよそ1mくらいだ。このまま小さくなったら消滅してしまうのか、それともある程度のサイズになれば止まるのか、もし死ぬのだとしたら人間の部屋の小さなバスタブの中で生涯を終えさせるのが良いのか、などを寝ても覚めても悩み続け、自分のエゴで長く留めてしまったことを反省し、一度あの海に連れて行くと決心した。


出会った日と同じ時間の同じ海辺に人魚を置いて、仙道くんはすぐに隠れた。しかし人魚はキョトンとした顔を暫しした後に、打ち寄せる波で無邪気に遊ぶばかりで帰るそぶりも見せない。それでも帰る時が来るのではないかと辛抱強く待ってみたが、日が完全に昇っても帰ることはなかった。


誰かに見つかる前に撤収しなければ…と人魚に近付くと、待っていたかのように振り向き、仙道くんの顔を見上げてきた。音に反応したのだと仙頭くんは一瞬思ったが、魚は飼い主の顔を覚えると聞いたことを思い出した。その行動の真の意図は意思疎通のできない人魚であるためわからない。だが、過ごしてきた日々が脳裏を過り、どうしようもなく愛おしくなって泣きながら抱きしめて以来、人魚はずっと家にいる。現在は水槽に収まるサイズになった。抱きしめた時に温もりは当然なかったが、肺呼吸の空気を吐いた音を仙道くんは今でもよく覚えている。

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