夢の中で描いた空
- 遊笑 鉄線
- 2015年8月25日
- 読了時間: 2分
更新日:2022年8月15日
昨日妹に『ヒル魔さんにはアリプロ(黒い方)のイメージがある』と言ったら微妙な顔されました。その感覚は真っ当であることは確かだし、私がおかしいのはわかっているけれど、でも私はそう思うのです。
アリプロの曲の雰囲気や歌詞とかから連想する禍々しさが、彼を描くのにあたってイマジネーションを働かせるといいますか…自分でも上手く説明できませんが、とりあえず言えることはヒル魔さんのあの暴力的なまでに凶悪な容姿と物凄く合うと言いたいのです。 ヒル魔さんは【魔界の住人だったが紆余曲折を経て能力と記憶を奪われ、地上にて人の姿を借りながら暮らしている元人外】とかだったら素敵ですね。身体能力は凡人だし、魔力どころか記憶もないし、不死不老でもないけれど、唯一残された頭脳があるおかげで何不自由なく過ごせてます。
現世が幸せで楽しくて仕方ない彼は、自分が人ではないとはちっとも思いません。記憶を取り戻す時がくるとしたら、恐らく死してからでしょう。生命を持たぬものが決して手に入れることのできない幸福なひと時を、ヒル魔さんは手に入れることができました。
でもそれは人が夢の中で空を羽ばたく夢を見るのと似ているかもしれません。手をいくら伸ばしても届かない場所にある幸福を身に刻むということは、その後にやってくる虚空と戦わなくてはならないからです。現にヒル魔さんは、永久的に孤独に苛まれることになりました。
ただ、私が最も愛している「遠さの構造」という小論文の一説に【幸福であった過去を思い出すこと程の悲しみはない。多分この悲しみは喩えようもなく甘美なものに違いない。過去の幸福を失う事で、逆にそれを永遠に反芻可能な思い出として所有する術を得たのだから。】とあります。 要約すると、幸福というのは不幸によって一層輝きを増すものなのです。つまり、不幸の底で一人幸せだった生前を思い出すヒル魔さんは、ある種幸福な状態であるといえます。どんなものでも遠くから眺めていると美しく見え、手に入れてしまったものは醜く見えてしまうのが世の常ですからね。
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