一週間の命

何不自由ない幸せな人生を送っていた荒北くんが、ある日『凄惨な死を遂げるまでの一週間の夢』を見てからというもの、同じ一週間の中しか生きられなくなり、週末に必ず酷い死に方にあって、ハッと目覚めたらまた月曜日に戻っているみたいなお話下さい。

因みに一週間を繰り返す毎に荒北くんの日常が少しずつ不幸になっていく。

大好きな福富さんと付き合っていて、新開さんや東堂くんや後輩達と毎日楽しく過ごしていて、勉強は出来ないけど自転車競技での実力はかなり良く、高校生らしい素晴らしき青春時代を送っていたはずなのに、全てが少しずつ壊れていく恐怖。しかも同じ日を過ごしているとか、無限ループって怖いですね。

一回目の一週間では自転車競技部に入っていないことになっていて、二回目は友達がいないことになっていて、三回目は学校を中退したことになっていて、四回目は福富さんは違う子と付き合っていることに…と、ループするとどんどん悲しい方向に行く。そして最後は存在すら認知されなくなるのです。

荒北くん的に大好きで大好きで両思いだったはずの福富さんが、自分以外の人間と幸せそうに付き合っているのが一番堪えると思うんですよね。でもまだ“荒北靖友”として福富さんの中で存在していたので生きていられました。特別な日も学園生活も一緒には過ごせないけど、行きや帰りに少しの時間会うだけで幸せな荒北くん。 例えば恋人が新開さんか東堂くんだとしたら、勿論同じ学校なので行きや帰りも福富さんの隣にはその恋人がいるのでしょうね。

それでも荒北くんは何事もなく友人のように振る舞います。別れた後は増えていく惨めさや自分の存在が「邪魔者」だったということを考えて一人でこっそり泣いたりしますが。

でも最後の一週間の月曜日に辛い気持ちを隠しつついつも通り笑顔を浮かべ「おはよう」と挨拶をした荒北くんに「お前は誰だ？」と福富さんは言うのです。この時荒北くんは「あ、福ちゃんの中のオレは死んだんだ」と気付いて死ぬ覚悟が出来たとか。

結局全てを失って、一番初めに見た夢と同じ死に方をするんですね。福富さんのご実家の前で自分の首に包丁を突き刺して死ぬ荒北くん。とても壮絶的。そしてこんなSFホラーじみた話に見せかけて実は全て檻付きの病院に収監されている荒北くんの妄想というオチ付き。

福富さんのご実家の前で首切ったことも、高校で自転車競技部に入っていたことも、友達や後輩達と仲良くしていたことも全て本当です。ただ一つ違うことといえば、福富さんは荒北くんに恋愛的興味などなかったということ。

それが原因で荒北くんは少しずつ夢を見るようになりました。 その夢が現実と思い込み始めたのは大学の時。どんどん妄想に取り込まれ、それを然も現実のように嬉しそうする荒北くんを金城さんは正そうとした事もありましたが、涙に暮れていた姿を知っているので幸せそうに妄想を語る荒北くんを止めることは出来なかったのです。

無限ループを繰り返していたある一週間の前日の日曜日、久々に訪れた箱根で偶然福富さんに出逢いました。ただ、自分以外の人間と仲睦まじく過ごしている所を見て、荒北くんの世界はパズルを落としたかのようにバラバラになり崩れ去ったのです。

その次の日の月曜日から土曜日までずっと一週間を繰り返す夢を見る。 それで一週間後の日曜日にご実家に来て自殺するんですね。でも運良く助かってしまい、檻付きの病院送りになりました。

その病院の中で荒北くんは今もなおあの一週間をずっと夢見ているのです。多種多様の残酷な運命と、凄惨な死の繰り返し。終わりがないのが終わりなのです。