黄金の月
- 遊笑 鉄線
- 2019年7月27日
- 読了時間: 4分
家康が死んでしまい、領主故に後を追うことも許されない政宗様が満月の夜にフラフラと外を歩いていると、花々が咲く小高い丘の上でお市さんが蝶々たちとお人形さん遊びをしているところに出会う。
政宗様は初めぼんやりと眺めていただけだったんだけど、政宗様に気が付いたお市さんが微笑んで「貴方も大切な人と離れてしまったのね?」って言って、もう一人のお人形さんを渡す。困惑する政宗様に、お市さんは"月夜の夜にだけ、その人の魂が宿る" "けど、月のない日は絶対にここに来てはダメ"と残して去ってしまった。
半信半疑だったものの、人形を見つめながら家康のことを思い出していると、後ろから「政宗」と呼ぶ声がする。心臓がドクンと跳ねて、ゆっくりと振り返ると、そこには家康が立っていた。家康はもう一度「政宗」と呼んで、手を伸ばしてくれる。おいで、と言うよりも先に、その胸に飛び込んで子供のように泣き噦る政宗様。そんな政宗様を、家康は優しく笑いながら撫でてくれた。
手も、体も、声も、温もりを感じて、本当に帰ってきてくれたと政宗様は本気で思うようになる。それから、月の出てる夜は毎日のように会いに行っては、深く愛し合った。 そんな日々を過ごしていたある日、ついに月のない夜が来る。政宗様はお市さんの言いつけ通り行かないことにしていたんだけど、外から家康が自分を探している声が微かに聞こえた。政宗様は目を閉じてジッと耐えていたけれど、ふと家康が殺されてしまった日のことを思い出す。 がくりと膝をつき、呼吸すらも忘れてしまうほどの絶望感。別れる時に"また会おう"と約束したのに、それが果たせなかった後悔。愛する人のいない世界を生き続けなければならず、死ぬことさえ許されぬ苦しみ。
色々な事が何度も思考を巡り、もしかしたら明日会えなくなるのかもしれない、とまで考えた途端、外へと飛び出していた。草で脚が切れることも構わずに、何時も行っていた場所まで裸足で駆けてきた政宗様は、息を切らしながらも家康に声をかける。 月のない夜だからか辺りは暗く、家康のことも形は見えても表情までは見えない。ゆっくりと近付きながら「家康」と声をかけて手を伸ばすと、足裏に何か粘つく液体が付着した。驚いて後ろに退く政宗様の手を家康が掴む。その手はヌルヌルとしていて、腕から液体が滴り落ちていた。 目を見開くと、近くで見る家康は首からドクドクと液体が流れ出していた。ツンと鼻に付く鉄のにおい。戦場で嫌という程覚えたこびり付くようなその匂いは、光源がない無彩色の世界でも鮮明に見えた。 「政宗」最初に呼ばれた時とは明らかに違う、苦しそうな声。息をするたびに首から血が吹き出し、口からも溢れる。政宗様は思わず家康と叫びながら抱きしめようと腕を伸ばすが、その腕は空を切り、代わりに沢山の血が上から降り注いだ。 茫然自失状態で、指1つさえ動けずにいる政宗様。遠くの方から何人かの足音と、小十郎の声がする。振り向くこともなく、返事をすることもなく、ただぼんやりしているだけの政宗様に小十郎が駆け寄るが、あと数メートルのところで彼の動きが止まった。 辺り一面どころか頭の先から足先まで血だらけの政宗様が、無気力な状態で立っている。真っ先に怪我のことを心配したが、どこも異常はない。あまりの血のにおいの濃さに、周囲の者はみな眉をひそめ俯いた。 屋敷に連れ帰り、改めて光のある場所で見ると、その姿に小十郎も思わず硬直してしまう。全身血濡れの政宗様には最早一片の生気すら感じず、人形のように端正な人形がただ在るだけのようだった。 話をかけても反応が無い。痛みすらも感じないのか、少し強めに手を握っても、動く気配がない。小十郎のされるがまま血を流し、着替え、床に入れると、政宗様は初めて目からホロホロと涙を流した。 何度も「家康」と呼び、嗚咽を漏らす。そんな政宗様を強く抱きしめ、泣き疲れて寝てしまうまでずっと小十郎はあやし続けた。次の日に起きた頃にはやはり生気はなく、茫とする政宗様を甲斐甲斐しくお世話する。 この話にオチはない。
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