因果応報

犬牟田くんと卒業後結婚するはずだった猿投山くんは、高校二年生の時に学園一のアイドル伊織ちゃんに一目惚れ。別れてほしいと土下座する彼の姿に全てを悟ってしまったプライドの高い犬牟田くんはあっけなく精神が崩壊してしまいました。

一見すると見た目も行動もいつも通り変わらない犬牟田くんですが、どうやら心がなくなってしまったらしく、一日に一言二言しか喋れなくなってしまったり、無感動になったり、果てには愛する人を探し彷徨う夢遊病にかかってしまいました。 それを見兼ねた苛先輩、なんと卒業後犬牟田くんを引き取ることに。 聡明で凛としていて青が良く似合う美しい姿にひっそりと恋心を抱いていた様です。

引き取った後も徘徊が続いたり、譫言を繰り返したり、無口無表情は変わりませんでしたが、それから暫くして夫婦の間に子供が一人出来ました。

心が壊れてしまった犬牟田くんにも少しばかり笑顔が戻り、幸せの絶頂にいる二人。しかし悲しいことに、苛先輩の遺伝子を継いだのかそれは眩いばかりの金色の髪の赤子でした。 その瞬間、昔の辛い記憶が脳裏から蘇ったのか身を裂く痛みを受ける罪人の様に狂い悶える犬牟田くん。かつて愛する人を奪った悪魔は、とても煌びやかな黄金色の髪を持っていたからです。

再びパンドラの箱を開けない様にと苛先輩がとった処置は、離れに子供を匿うことでした。言葉にせずともこれは間接的に“母親に捨てられた”ことを意味しましたが、苛先輩は泣く泣く手放すしかなかったのです。

かくして、第一子を文字通り無き者にした訳ですが、ここでまた厄介な徘徊が始まりました。昔の恋人の名前を悲しげで今にも泣き出しそうな声で呟きつつ家中を探し回るのです。それはまるで熱に浮かされ、母を求める子の様でした。

またもやいても立ってもいられなくなった苛先輩は、罪悪感を抱きつつも再び子を作る決心をします。次は金髪の子が出来ないことを祈るばかりです。子作りの時と徘徊の時だけちゃんとした言葉を話す犬牟田くんが愛おしくも憎い苛先輩、たまに心中した方が良いのかもしれないと思うものの、離れに住む疎まれて生まれてきた息子の純粋さにこの時ばかりは唯々救われていました。

そして次に産まれた次男は、奇跡的に母親譲りの空色の髪をしていました。その子を卵を守る鳥の様に溺愛する犬牟田くん。ほっと一安心かと思われていましたがそれも束の間で、自分を捨てた愛する人の生き写しを作っていたのです。

行動、服、趣味、喋り方、容姿、全てをコピーさせ少しでも違うと塞ぎ込んでしまう母の姿に次男は戸惑いましたが、壊れてしまった愛を勝ち得る為に少しでも似せる様に日々努力をせざるを得ませんでした。

それから小学校にあがり、離れに住んでいた兄と出会います。 父譲りの艶やかな金髪の髪に母の面影を継いだ人目を引く美貌、女性かと思わせる腰の柔らかい雰囲気を持つ長男。 威厳があり普段躾の厳しい苛先輩ですが、ほぼ片親同然で幼い頃から部屋へ軟禁状態の息子にさみしい思いはさせまいと愛情たっぷりに育てていました。そのせいか世間知らずに育ってしまった様子。

そんな兄とは初見から仲良くなり、親の目を盗んでは次男は長男の元へ会いに行きました。

そんな幸せな日常がこの家で続くわけもなく、息子二人が高校生になったある日、犬牟田くんが珍しく外へ出掛けると兄弟で買い物から帰ってきた所へ遭遇してしまいます。 猿投山くんの生き写しのような次男が黄金に輝く長い髪を一つ結わいた子と仲良く歩いている姿。

それは、本当に一瞬の出来事でした。 長男を後ろから殴り飛ばし、仰向けに転がった彼に何かを叫びながら追い打ちをかけようとした犬牟田くんの視界がグラリと揺れ、めま苦しく揺れる世界。次男は父親譲りの体格と力強さを持っており、更には母親から剣道に必死に打ち込むように言いつけられていました。なのでちょっと体当たりをしたつもりが、引きこもりがちの軽い母親が相手だったこともあって想像以上に吹っ飛ばしてしまったのです。道路の端には石畳。その上を転がり落ちる彼女を待っていたのは、コンクリートから突き出た鉄筋でした。

こうして20年以上にも渡る犬牟田くんの悲劇は呆気なく幕を閉じるのです。

世界で一番嫌いな人物に似た長男を庇うために世界で一番溺愛していたはずの次男に殺されるという最期。ここまで尽くして来た苛先輩には可愛い息子二人が残り、そして猿投山くんと伊織ちゃんは今もずっと幸せに暮らしています。

運命の巡り合わせとはまさにこのこと。

おしまい。