咒
- 遊笑 鉄線
- 2015年7月4日
- 読了時間: 4分
更新日:2022年8月15日
遥か遠いか昔『愛する人に置いてきぼりにされた』という理由で呪いをかけ、以来ずっと陽が昇らない・落ちない夕暮に染まるその村に一人で住んでるモアさん。
そんなモアさんの元へ、各国を旅をしながら古代生物を発掘調査していた博士が訪れました。どんな花の種を植えても彼岸花が咲く大地、寂しげな西陽の空、誰一人おらず常に薄暗がりの村。こんな不気味な村からさっさと去りたかったのですが、モアさんに一目惚れしてしまった博士は暫く身を寄せることに。
勿論人がいないので田畑を耕す人も、パンを焼く人もいるわけはなく、しかも枯れ木ばかりのところなので食べ物は何もないけど、村の外れには何故か林檎の木があって、その食べ物で空腹を満たします。
モアさんの家には沢山の写真立てが置いてありますが、どれも伏せてあって見れません。一度博士が写真を見ようと写真立てに手をかけたら、机と一体化してるんじゃないかと錯覚するほど重かったので、以来何度もチャレンジしてますがダメみたいです。モアさんも喋りたがりません。
夜は来ずとも、博士は人間ですので眠くなります。
ある日、ふと突然目が覚めて外に出ると声が。声の元を辿るように歩いて行くと、モアさんが林檎の木の下で泣いていました。村に水をあげる人間がいなくても、こうやってモアさんが泣くことで林檎の木だけが存在していたのです。
林檎の木に縋り付くように泣くモアさんを見ていた博士は、モアさんが今もなお愛し続けているその人には永遠に勝てないのだと悟りました。同時に、その苦しみを永遠に抱かなければならないモアさんをとても可哀想に思っていたのです。
モアさんは魔女の末裔ですが、自在に魔法を使いこなせるわけではありません。精々物に自分の魂の分身を宿すことで初めて非現実的なことができる程度。つまり、写真立ても契約者のモアさんの魂が結ばれているから「動かすこと」が出来なかったのです。
因みにこれは呪いと同じ作用なので、モアさんにも代償がかせられます。契約するたびに、食べること、眠ること、笑いや嬉しいなどの正の感情、健康的な身体…など 『人間らしさ』というものが少しずつなくなっていくのです。
モアさんは契約者であるものの、その力の根源は家そのものであるため、家が消えない限りは死にしません。だから何処も彼処もボロボロな不健康の体を引きずってまで生きていられるのです。逆にその家さえなくなれば、モアさんは死んでしまいます。
モアさんが木の元へ出掛けるのを見計らって、博士は家に火をつけてしまいました。モアさんが何事かと走って帰ってきた頃には、既に巨大な赤い炎に包まれている生家。その燃え盛る家を前にして初めて取り乱し、男の人の名前を何度も何度も泣き叫んだのです。
博士は、思い出に囚われて過ぎているモアさんを哀れに思ったことによる行動でした。そこには嫉妬や羨望が混ざっていたことは違いありませんが、決して悪い意味で取った行動ではありません。
でもモアさんは必死に止める博士の腕を振り切り、その燃え盛る家へ飛び込んで、そして二度と帰ってくることはありませんでした。煙を上げながら黒く焦がれていく家と一緒に、初恋の人も、自分の心も灰になっていくのを感じながら呆然と立ち尽くすしか博士には出来なかったのです。
暫くして呪いの解けた村には雨が降り、火は鎮静化。
空っぽの心を抱えながら何気なく焼け跡の家を発掘していると、そこにはモアさんが纏っていた漆喰の布の一部が落ちていました。拾い上げるとそこにはあの動かなかった写真立てが。
その写真には幼いモアさんを抱え、優しい笑みを浮かべる男性が一人。幸せそうなその写真は何処も焦げることなく、まるで出会いからあの悲劇までの記憶が全て夢だったかのような、奇妙な錯覚を覚えました。
その写真を鞄にしまい、博士はまた旅を始めました。
その目的は、もうここに来た頃のものとは違います。
モアさんの「守りたかったもの」であり、そして科せられた「呪い」でもあったその遺品をいつか置いてきぼりにした相手に突き付けて奈落の底へ突き落とすため、彼は今も世界を彷徨っているのです。
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